文字サイズ
  • PCサイト
  • ホーム

先輩の声

平成24年卒 高尾 誠一朗

2023年04月07日

放射線科に入局して

 放射線科に入局後、10年目の春を迎えています。医師になってからは12年目です。レントゲン写真やCT画像の右も左もわからなかった研修医の頃を振り返ると、多少はましになったのかなと思っております。

 幸か不幸か、常勤の放射線科医のいない救急病院で初期研修医として働いていた私は、このままだと大きな医療事故(いわゆる見落とし)を起こすかもしれないと、不安に駆られ、半ば強制的に画像診断を自分で勉強し始めました。やがて、画像所見とその解釈、たった数枚の画像からここまで推理できるものなのかと、画像診断の面白さ・奥深さに触れるようになりました。そして、この領域に自分の一生を費やそうと決め、放射線科教室の門戸をたたいた次第です。入局してからは自らの画像診断が治療に直結する画像下治療の分野を自分の専門と定め、読影専門医に加え画像下治療専門医を取得し、早くも4年が経過しています。

 現在、おそらくすべての科において、画像診断が必要不可欠であることは言うまでもありません。放射線科はこのように、各臓器別の読影に加え、核医学や放射線治療、画像下治療など非常に多岐にわたります。さらに近年では、人工知能(AI)のような最新の知見も求められる一方、いまだに100年以上の歴史のあるレントゲン写真の知識も重要であり、新旧を問わず非常に幅広い知識が必要です。そのため、常日頃からの勉強が不可欠と思いますが、自らの読影や手技によって適切な治療が完遂されることは放射線科冥利につきると思います。

 現在、私は大学院を卒業した後、2022年4月より米国メリーランド州の米国国立衛生研究所(NIH)に留学させて頂いています。NIHは過去169人のノーベル賞の受賞者を排出した米国最大かつ最古の医学研究機関です。その中にある国立がん研究所(NCI)で、小林久隆先生の下、新規がん治療法として注目されている光免疫療法の研究を行っています。光免疫療法には近赤外光の患部への照射が必要不可欠であるため、深部領域の癌では画像下治療との親和性が非常に高いと思っております。そのため臨床応用が可能となった際に少しでも患者さんに還元できることを夢見て日々精進しております。このように、希望者には学位取得や留学も含め幅広いオプションが用意されていることも当教室の魅力の一つだと思います。



平成7年卒 馬場 眞吾(核医学グループ)

2012年08月01日

放射線科に入局して

 平成7年に放射線科に入局しました。最初の2年間の研修医を終了した後2年間の一般病院勤務を行い、その後4年間は九大の基礎の大学院に行かせていただきました。この4年間は完全に臨床を離れて、遺伝子の多型に関する基礎研究を行いました。大学院終了後は大学病院で勤務したのち、米国Johns Hopkins大学に留学させていただきました。2年間のresearch fellowの後大学に帰学し、現在に至っています。自分の例のように九大放射線科には希望者には学位取得や留学も含め幅広いオプションが用意されています。

 九大放射線科は消化管内視鏡など消化管の診療を含めた幅広い分野を包括して行う数少ない診療科です。また日本で最も古い歴史があり、偉大な先輩方が多数いらっしゃいます。これは旧帝国大学の強みでもあります。研究予算の獲得も多く、他の大学病院では導入が難しい最新の診療機器が装備されており、最先端の研究が可能です。

 近年では分子生物学の知識が薬剤の開発に応用され、分子標的治療薬が脚光を浴びています。同様に診断の分野においても従来の形態情報だけでなく分子レベルでのイメージングが今後の重要なテーマになることと思います。九大でもサイクロトロンの導入により基礎研究を含めた分子イメージング研究に注力していく予定です。また治療の分野では炭素線を用いた最先端の放射線治療施設が2013年に鳥栖市にオープンし、九大が主導的な立場をとることになる予定です。このように放射線科は科学技術の進歩を身近に体感できる診療科といえると思います。



平成19年卒 樋田 知之 (中津市民病院)

2011年07月30日

放射線科に入局して

 初期臨床研修を終えた私が放射線科へ入門して丸2年の月日が経ちました。医師としてはもう5年目です。多少は医師の風格とやらが身についたでしょうか、多少なりとも放射線科医としての心構えが板についてきているでしょうか。この2年間は本当にあっという間だったと思います。放射線科医として働きはじめ、教科書片手に慣れない仕事に悪戦苦闘する毎日。画像を通してたくさんの症例に触れ、また先輩方の深い読影に驚き感嘆する日々の中、かけがえのない経験を積み重ねることができたのではないかと思っています。

 思えば学生や研修医の時分には、放射線科といえば薄暗い読影室で画像と対座しているぐらいのイメージしかなく、CTやMRIを見る以外にも、いろんな検査を手がけているんだよと、何かの折に説明されて、ああ、そうなんだ、と思った程度の認識しかありませんでした。実際に働きはじめてからも、仕事内容にしろ、わかったかのように錯覚していた画像の読影にしろ、見えていたのはほんの一部でしかなかったんだなと実感しています。今、目の前にある画像がいかにして創られ、どのような意味を持ち、そしてどう解釈すべきか――こうした、画像に関する知識に加えて、この疾患はこんな画像になるはずで、治療はこうで手術はこうだから画像では、、、などなど、各々の疾患に関しても幅広い知識を求められる、、、他科の先生方とのカンファレンスや、その他数多く開催されている勉強会において、経験と知識に基づいた鋭い読影を先達が繰り広げているところを目の当たりにする度に、その背中にいつかは辿り着くべき未来図を垣間見て、よし頑張ろう! と思ったりしています。

 画像というものは客観的なものながら、その意味合い、解釈は個人で異なります。外科の先生が画から手術をイメージするように、内科の先生が症状と画を照らし合わせるように、1枚の画に映るものは同じでも、映すもの、求めるものは様々です。そんな中、放射線科医というものは1枚の画から、各科の先生方が求める情報を含めて、画に映るすべての情報を引き出しうる唯一の医師ではなかろうか、、、その画が本当に異常ではないと断言しうるのは、放射線科医をおいて他にいない、、、いささか傲慢かもしれませんが、ふと、そんなことを思ったりする時もあります。

 今日も今日とて画を見つめ、映る現人に思いを馳せる。診療での責任をほんのりと感じつつも、放射線科医になって良かったと実感が湧いてきています。



平成14年卒 岡本 大佑(済生会福岡総合病院)

2009年07月31日

放射線科に入局して

医師になって二度目の夏を迎えようとしています。夏といっても朝は涼しげな時分から通勤し、日中は冷房の効いた病院内で過ごし、日もとっぷり暮れてから帰宅するという、およそ夏らしからぬ生活です。日に焼けることもなくどんどん色白になっていくのがわかるようです。全く、光陰矢の如しとはこのことです。

 学生時代あまり熱心に勉強した方ではない私にとって、働き始めの頃、放射線科とは一体どういうところなのか、不安と好奇心でいっぱいでした。医学部5・6年時にベッドサイド、クリニカルクラークシップなる臨床実習で放射線科を垣間見る機会があり、色々実習して、画像が少し分かったような気にもなりました。しかし働き出してから、それは大間違いであることを思い知らされました。毎週月曜日の夜に行われる、研修医のための勉強会を始めとして、多くの画像を目にする度に何も知らない自分に気づかされます。そしてその度に降りかかって来る叱責・失笑、そこにはきっと愛があるよね、などと自分に言い聞かせながら頑張っています。

 研修医として諸先輩方の傍らで勤務していると、毎日その経験と知識に裏打ちされた鋭い読影に驚かされます。勉強すべきことが多すぎて、どれ程頑張ればあんな風になれるのか気が滅入る事もある程です。遥か高い山のその頂が何処にあるのかさえ分からないといった感じです。しかし逆を言えば、あまりの高さにワクワクしているのも事実です。勉強することが目の前に転がっているので、一つ一つ拾っては自分が成長しているような気になれます。

 最初は何がなんだかわからないままに、がむしゃらに働く毎日でしたが、放射線科医になってよかったと少しずつ実感も持てるようにもなりました。今後どれだけ諸先輩方に近づけるか分かりませんが、一日も早く一人前の放射線科医になり、一人でも多くの患者さんのためになれるよう、日々努力していきたいと自覚が芽生えるようにもなりました。



  • 学会・研究会

お問い合わせ

放射線科、あるいは当教室にご興味がある方は、下記よりお気軽にお問い合わせください。

お問い合わせページ